ウオーキングデッドが面白い。
ウオーキングデッドが面白い。
『ウォーキングデッド』シーズン1予告 + シーズン1〜6ダイジェスト『哀しみの旅人達』
どなたかのSNSに「飛行機の中で映画を見ながらビールを飲むなんて、忙しい日常生活では、飛行機の中だけ。至福の時」というコメントがあった記憶がある。
申訳ないですが、私にとっては、それは毎日のことです。
語学学習、ブログ執筆、多少のお客様サポートやパートナーへの連絡
ジムでのトレーニングを終える
部屋にかえってビール1本とドラマを見るのが私の日課。
フィリピンでは酒の肴があまり美味しくないのが、残念だが。
最近凝っているのが、アマゾンプライムで見るウオーキングデット。
1日に1話ずつみて、第5シーズンまできました。
最初は、ゾンビもののスプラッター、肉片が散り、腕が飛びちり、内臓を食らうというおぞましい恐怖ものだろうと敬遠していた。
しかし、実際には人と人の関係が中心の一種のヒューマンドラマ。
突然 死者がゾンビとなって人を襲う。
かまれた人は数時間でゾンビとなってほかの人間を襲う。
残された人たちは少しでも安全な土地と水、食料を求めて移動する。
残されたごくわずかな人間たちの中でも愛憎がひしめき合う。
最悪の中でも物資や電気、武器を温存した集団がいる。
本当は助け合って、動物なり作物なりを育てていけばいいのだが、人と人が争いを起こし、殺しあう。
第5シーズンでは仲間を守ったり、奪還しするために主人公たちも心の葛藤を感じることなく、他の人間を撲殺している。
凄惨な中での、逆に光る愛情や信頼関係、いつ画面のどこからゾンビが現れてかまれてしまうかもしれない恐怖
ほんのひと時の安寧が訪れば、次から次へと困難が沸き起こる。
スリリングなシーンにあっという間に1話見終わってしまう。
アメリカで大ヒットしている背景には、
「格差と先の見えない絶望への一種のはけ口、娯楽として世紀末映画が流行っている」
とみるのはいささか、極端すぎるだろうか?
かつて「希望は戦争」と言い放ってミニコンサートを開きながら、一種のデモンストレーションをしていた若者が日本にはいた。
映像の世界だけど、それと通じるところはないだろうか。
あとこれをみてから、フィリピンの自宅には緊急用の食糧、水、電池などの量が増えたことは事実だ。
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